ゲームクリエイター科 ブログ 個別記事(ゲーム 専門学校)

クリエイティブを現場で磨く。



ゲームプログラマー・プランナーをめざす人の情報ブログ クリエイティブラボ ゲームラボ ゲームクリエイター科blog

【蒲田校】今日はドリームキャストの誕生日

2017年11月27日 【蒲田校】今日はドリームキャストの誕生日

みなさん、こんにちは。
教員Mです。

今から19年前の1998年の今日、
事実上セガ最後の家庭用ゲーム機
となった「ドリームキャスト」(DC)
が発売されました。

それまでの家庭用機市場での劣勢を
跳ね返すべく、セガの社運を掛けて
開発されたこのハード。

秋元康氏をプロデューサーに据えて
100億円以上の広告費を掛けてPRを
展開、当時セガの専務だった湯川英一
氏をCMに起用した上に、その内容も

「セガなんてだせぇよな」
「帰ってプレステやろうぜ」

等のセリフを子供達が湯川専務に
浴びせる自虐過ぎる内容で、
相変わらず守りに入らず常に攻め
続けるセガの姿勢が現れていました。

しかし肝心な本体部品の開発が
遅れて発売日に本体の出荷台数
を十分に準備出来ず、発売日が
20日から27日に一週間延期されて
更に発売日に並ぶはずだった
ロンチタイトル
(本体発売日に売り上げを押し
 上げるキラータイトル)
も同様に開発が遅れて発売日を
延期したにも関わらずその多くが
発売日に揃わず発売延期になって
しまいます。

他社には出来ないCMは話題に
なりましたが、発売日を延期して
クリスマスを跨いでしまった事と、
世間が最も注目する発売日にハード
ソフト共に十分な量を準備出来
なかった事が影響して売り上げを
伸ばす事が出来ませんでした。

本体仕様の挑戦的な試みとしては、
当時の家庭用機では初となる通信用
モデムが標準搭載され、この通信
機能を活かした
「ファンタシースターオンライン」
(FSO)は家庭用機で初めて成功
したオンラインゲームと言われ、
2001年の日本ゲーム大賞を受賞して
います。しかし

・ソニック等のキラータイトルが
 発売日に揃わなかった上に、FSOも
 2000年12月と本体発売から2年が
 経っていた

・プレステ2が2000年3月4日に
 発売されて世間の注目が完全に
 そちらに移っていた

・プレステ2が当時の次世代記録
 メディアとして注目されていた
 DVDを採用、プレイヤーとして
 動作する上に先代の初代プレイ
 ステーションのゲームも遊べる
 下位互換を持っていた

…等の様々な理由でその後も苦境が
続いたセガは、2001年1月にDC製造
中止と「バーチャファイター」や
「サクラ大戦」等の看板タイトルを
他ライバルハード用ソフトとして
開発・供給する事を発表します。
(DC不振の責任を取って
 湯川専務は常務に降格)

DC製造中止発表直後の3月からは
本体を19900円から9900円で発売
する投げ売り体制で在庫を消化すると、
事実上この年でDCは市場から姿を
消します。
(この年9月には任天堂から
 ゲームキューブも発売)

正直、商品として成功を収めたとは
言えないかもしれません。

しかし国内TVゲーム市場の創成期
からアーケード市場を中心に業界
トップの座に君臨して来たセガの
ノウハウが詰まったDCのハードと
しての完成度・評価は高く、その
後もDCとほぼ同じ設計のアーケード
業務用基板「NAOMI」が活躍したり、
本体製造中止から2007年までDC用の
ゲームが年に数本発売される等、
息の長いハードでもありました。

1983年7月15日、任天堂のファミリー
コンピュータが発売された同じ日に
初の家庭用機「SG‐1000」を発売して
からドリームキャストまで、セガマニア
を熱くさせたセガ歴代の家庭用機達。

今日はゲーム科学生さんでも一部しか
知らなそうな、そんなハードの誕生日でした。

n-22765020 at 14:12 | この記事のURL | |