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僕の宗教へようこそ。(蒲田)

2007年09月12日 僕の宗教へようこそ。(蒲田)

昔、こんなタイトルの歌がありました。
知っている人は工学院で僕と握手。

さておき、今回はプログラムと宗教って似てない?と云うお話です。
僕は工学院に入って、初めてプログラムと云う物に触れました。
一年生の時分、プログラムの担当であった講師の方は既にこの学校には居られないのですが、とても強く記憶に残っています。
一番最初に教わったということも手伝っているのでしょうが、ある一言がとても印象深かった所為だと思います。
その一言とは

『プログラムは宗教の様なものだ』

と云うものです。



引いてしまわれた方も居られると思います。
お怒りになられる方もいるかと思います。
でも、頷いてしまった方も居られますでしょう?

プログラマには癖が存在します。
その癖は書式、流れ、構築の仕方様々ですが、それらはその人が書いたソースとして目に見える形で現れます。
例えば、
if(0>i){ (略) }というプログラムを書くとします。
ある人は
if(0>i){
(略)
}

と書くかも知れません。
ある人は
if(0>i)
{
(略)
}

こう書くかも知れません。
ささやかな違いです。
改行がどこでされているかだけの違いです。
でも、気持ち悪いんです。
授業ならいざ知らず、ゲームを作ろうとか、仕事でプログラムを書こうとすると、何千何万の行を綴って行かなければいけません。
そうなってくると、自分以外の人と作業をすることになります。
自分以外の人が書いたソースを直さなければならない時、いつも自分が書いているものと全く違う書式で綴られたソースを見た時、どういった気分になるか想像してみて下さい。
いつもあるべき場所とは違うところで文が始まっている。終わっている。
インデントの位置がもの凄くズレている。
なんでこの処理はこんなに文が嵩んでいるの?
長文をコメントアウトするなら/* */使えよ、//使ってするなよ。
色々あるかと思います。

でも、書いた人にとって見ればそれが当たり前なんです。
見やすい、見づらい、そういう事以前に、「当たり前」なんです。

それに関して文句を言ったとしても、言われた方は言った側がおかしいとしか思えません。
だって、「当たり前」の事に異を唱えられている訳ですから。
言われた方は、当然反発します。
あとはもう皆様ご想像の通りです。

どちらかが折れることはまずありません。
だって、折れてしまったらこの先ずっと、気持ち悪い、慣れない書式で書いていかないといけないのですから。


そうなると、最適解は一つしかありません。

あきらめてください。

相手は自分と違う文化圏で生きているのだと割り切って下さい。
自分以外の宗教を持っている人に自分の宗教を押し付けるとどうなるかなんて火を見るより明らかです。
規模は全く違いますが、歴史を見たり、現在進行形でニュースを捲れば解る筈です。
自分のルールが絶対だなんて、単なる妄想でしかないんですから。
我を通して色んな物を失うより、他を認めて前に進んだ方がましだとは思いませんか?

途中で話が変わってしまった気もしますが、今回はこのあたりで。
どっとはらい。

補助員 M




書いてる途中で熱が出てきたんですが(実話)
これ、どういう事なんでしょうK先生(´・ω・)

知恵熱かプログラマの神様の祟りか?
最近微熱の引かないK教員より。
無理はしないように。(9/20)

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